映画・テレビ

2011年3月28日 (月)

金のある悲劇

映画『ハゲタカ』の台詞で、もっとも有名なのは、このフレーズだと思います。

「誰かが言った。人生の悲劇は2つしかない。
 ひとつは、金のない悲劇。
 もうひとつは、金のある悲劇。
 世の中は金だ。金が悲劇を生む」

映画の最後で、中国のある地方で、お金を燃やしている場面がありました。これは、「紙銭」といって、死者があの世でお金に困らない様に、お金を燃やす風習があるらしいです。

お釈迦様の「有無同然」のお言葉を思い起こさずにおれませんでした。
無ければ無いことで苦しみ欲し、有れば有ったで苦しむ。無いのが苦しみなのか?有るのが苦しみなのか?
「有れば苦しみが無くなる」と思うから欲しがり、有る人は「無かった方が良かった」と嘆いているのですから、いつまで経っても苦しみから離れられないのだ、と教えて頂きます。

資本主義社会は、お金で幸福が手に入る、と信じた人間が生み出した社会ですが、その資本主義が世界中で破綻を来たし、バブルの漬けを背負わされて、世界経済の危機が叫ばれて久しくなりました。

生まれがたい人間に生まれて来たのは、決して苦しむためではないはずです。
生きる方角をハッキリ教えられた親鸞聖人の教えを、続けて聞かせて頂きたいと思いますhappy01

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2010年7月24日 (土)

あと1年……

今日は何の日?
平成22年の7月24日は、完全地デジ化まであと1年となる日だそうです。
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富山県でも、高原兄のCMがひっきりなしに掛かっていますcoldsweats01

まだ1年も先、と思っていますが、過ぎ去った1年を考えると、本当に早かったと思います。
例えば、約1年前の出来事を振り返ってみると思い出せない記事も多いですが……

・衆議院解散総選挙、民主政権が誕生しました。
・甲子園では、花巻東・菊池投手が涙を飲み、中京大中京が優勝しました。
マイケルジャクソン急死
・日本全国で皆既日食が観測されました。
酒井法子逮捕

ええ、あれから1年も経ったのかと思う記事ばかりでしたcoldsweats02

一休は
「門松は 冥土の旅の 一里塚」
と歌っています。
「冥土」とは「死後の世界」のことです。1日生きたということは、1日死に近づいたということですから、生きるということは、死へ向かっての行進であり、「冥土への旅」だと言うことです。

 年が明けると、みんな「おめでとう」「おめでとう」と言います。しかし1年たったということは、それだけ大きく死に近づいた、ということですから、元旦は冥土の旅の一里塚なのです。

 あと1年と聞くと長い先の様にも思いますが、それは錯覚で、実は、過ぎさった1年を早く感じるのですから、1年という時間は思っている以上に長い時間ではないと知らされます。

 地デジの準備はこの1年で出来なければテレビが見られなくなるだけですが、、、、あと1年で自分の死ぬ日を迎えるとすると(いつか、必ず、死ぬ1年前の日を迎えるわけですから)、悔いのない人生を送る為にも、1年といわず、1ヶ月、今の1日1日を大切に送りたいと思いますhappy01

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2009年9月11日 (金)

自分の番が来るのを忘れていた……

以前も紹介した、ヴォイス~命なき者の声~の続きを、ようやく少しずつ見ていますcoldsweats01。見やすい様にCMもカットされているので、ちょっとした合間に見ることが出来ていますup感謝です!

テーマとなっているのは、法医学という、耳に新しいテーマなんですが、先日の足利事件・再審開始決定のニュースでも、この法医学科警研とか、耳に入ってきました。
遺体から、亡くなった人の最期のメッセージを紐解いていく、という新たな視点で、予想外の展開に引き込まれていきます。紹介ブログもありました。

人の死。この一つの結果にも、なぜこうなったのか?この傷はどうして付いたのか?血中から検出される成分から分かること。個人的に、涙せずにおれなかったのは第7話の命がけのタイムセールでした。

その第8話では、解剖中に、学生の一人が誤ってB型肝炎患者から摘出した肝臓と血液の入ったシャーレを落とし、指を切ってしまい、感染の疑いが高まるという事件が起きました。当人は、ふさぎ込み、部屋の荷物整理を始めます。すると、その学生が、
「これまで、解剖台に上がるのは他人事の様に思っていたけれども、自分が上るかもしれないって思った。軽い気持ちで法医学に取り組んでいた。生と死について、初めて真剣に考えるようになった」
と心中を漏らす、そんな場面がありました。

遅かれ、早かれ、誰しも訪れる確実な未来を忘れ、人の遺体ばかり考えていた、本音だと思いました。
平生は、死んだら死んだ時だと言っている人も、実は、深い自己の洞察を忘れて、薄っぺらい知識の中だけで死をとらえているから、自分の死を意識した時に、慌てふためいて何も手に付かなくなってしまいます。

この厳粛な死をテーマにしたドラマ、とても考えさせられるものがありました。
主人公の台詞は「なんで?」「どうして、こうなるの?」に埋め尽くされていますが、とことん原因や理由を突き止めていくところにも、面白さがあります。

問題は、泉谷しげる扮する蕪木という、この法医学教室の技官なんですが、亡くなった人の事を「仏さん」と呼んでいるのですpout仏さま」の本当の意味は、親鸞学徒の皆さんからいつも教えていただいていますので、引っ掛かって仕方ありません!!

あと、見ていると、どこか私の通っていた大学と似た雰囲気のキャンパスなので、ロケ地はどこなのか?と調べていると、一橋大学だったようです。ちなみに、一橋大学と神戸大学(六甲台キャンパス)は、建物の造りがとても似ていますhappy01懐かしい感じがしました(*^。^*)

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2009年4月15日 (水)

「散る桜 残る桜も 散る桜」

そろそろ桜も散り始めた感がありますが、どちらかというと、桜には華やかなイメージよりも、やがて散っていくという姿に惹かれるものがあるように感じます。

ちょっと前の話になりますけど、「男たちの大和 YAMATO」の一場面にこんなのが有りました。
沖縄へ向かう直前に、呉の港へ上陸したときに、病室の内田二兵曹を見舞った森脇二主曹が
「散る桜 残る桜も 散る桜」
と口にする、バックには桜吹雪……
自らは死に向かい、生きよ、と友を思う男…
何ともいえない重い言葉として胸に残っています。

この歌は、良覚の辞世の句だとも伝えられています。特攻隊を語るとき、必ず言われる言葉とも言われています。死んでゆく兵士、見送る兵士、皆最後は戦死してしまうという悲しい意味です。
仏教では「死」ということを、無常観ということを語られますが、仏教で教えられるから「死」があるのではなく、無常なのでもなく、仏教を知らずとも、「死」や「無常」ということは、避けて通れない厳粛な事実です。
日本人が、桜に惹かれる、というのは、桜の持つ儚さに自分の心や人生を重ね合わせて、口には出せないけれども何か、趣のある、そして大切な事を感じさせてくれるもの、という心の奥底からのものなのかなあ、と思いました。

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2009年2月27日 (金)

『おくりびと』を見て……

アカデミー賞受賞映画『おくりびと』から、
2月26日に放映された「クローブアップ現代」の一こまです。たまたま付けた番組でしたが、興味深かったので、見入ってしまいました。

家族と共に死者を丁重に見送る、命のバトンタッチ。
生と死の共存を描いた、という本木さんのメッセージや、映画のみならず、死を扱った小説「悼む人」のベストセラーを通して、の番組でした。
「なぜ、生と死を描いた作品が人々の心を揺さぶっているのか?」
「誰にでも等しく訪れるのが死」
死に対する漠然とした不安やおそれ、生きることから死を遠ざけたい、直視したくないのが一般的なのに、そんな中、死と真っ正面から向き合ったものが、人々の共感を集めています。

生きづらい、居場所がない、と感ずる多くの若者、
通り魔事件の加害者の「誰でも良かった」という言葉を耳にしたり、
自殺者が11年連続3万人を越えたという事実を知り、
重いはずの一人一人の命が、どこか軽んじられている。

そんな社会の空気から、今、死と真っ正面から向き合う映画・作品が、注目を集めています、という国中さんのメッセージから番組は、始まりました。
(見ていない人は、こちらから見ることが出来るようです)
「納棺夫日記」の著者、青木新門さんの講演の様子も、報道されていました。

番組の中では、「死と向き合う」「死を受け入れられるようになった」「死と向き合い始めた」というメッセージがありましたが、その「死」とは誰の死なのでしょうか?
 亡くなった母の死?亡くなった兄の死?いや、日々、私たちの目の前に飛び込んでくる様々な事件や事故によって亡くなった人の死なのでしょうか?
 いや、いくら平均寿命がのびたといいましても、死ななくなったのではありません。100%確実な未来が、私の死だと、仏教では教えられています。
 その一番嫌な、「死」から目をそらしていては、一番確実な未来を無視して、今を明るくする事が出来るはずがありません。
 ということは、やはり、「死」と「生」は切っても切り離せない関係にあることが、よく分かりました。いつも、親鸞学徒の皆さんから聞かせていただいている事なのですが、改めて、そうだなあ、と感じました。

 一見、そんな死を話題にして、暗い話ばかりして、ちっとも面白くない!と言う人が有るかも知れませんが、今の私たちに最も欠けていて、しかも、最も大事なテーマではないか、と考えさせられる、今回の「おくりびと」でした。

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2009年2月24日 (火)

アカデミー賞『つみきのいえ』

アカデミー賞受賞のニュースが、周り中の暗いニュースの中にあって、一際話題を誘いますねheart04

この、短編アニメ賞を受賞した、加藤久仁生監督の『つみきのいえ』も、この間、テレビで紹介を見ましたけど、本当に感慨深い、考えさせられる映画だなあ、と思いました。
実は、私の知り合いに、多摩美出身の子がいるんですが、その子の知り合いだったそうです。久しぶりにお祝いのメールをしたら、返信までくれたそうですnote今後の活躍を応援したいと思いますspade

ところで、この短編アニメを見ていると、夏目漱石のデビュー作、『吾輩は猫である』の最後の場面を思い出しました。
「吾輩は猫である。名前はまだ無い」ではじまるユニークなこの小説には、鋭いメッセージがたくさん散りばめられていると思いますが、最後は、こういうシーンです。

苦沙弥(くしゃみ)先生の座敷に仲間が集まり、呑気な話に花が咲きます。セカセカした西洋文明(今は日本もそれにどっぷり浸かってしまいましたが)に比べ、まことにのんびりとして、ほほえましい風景が描かれます。

この日の最後には、結婚の決まった多々良三平がビールを提げて登場し、みんなでそのビールをいただき、秋の日は暮れ、みんなは次々に帰って行きました。
そして、「寄席がはねたあとのように座敷は淋しくなった」と続き、この後です、
「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」と猫が思うのは。

誰もが皆、心の底には漠然とした不安を抱えているのではないでしょうか?
経済的不安とも違う、人間関係の不安とも違う、人間存在そのものの不安といったようなものを。
その孤独で、不安な、さびしい気持ちを、
「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」
と表現しているように思うのです。

『つみきのいえ』でも、水に埋もれていく家を、失うまい、思い出を水の中に落としたら、それを探しに水に潜っていく、そんな人生の大切な1ページ1ページを、失いたくない、失いたくない、だけど消えていく……その寂しさは、大勢の人の共感を覚える内容ではないかと思いました。短い映像の中に、そんな誰もが心の底で感じている、実は何とかしたい、何とかならないのだろうか……?と願っている、強い強い望みが、この『つみきのいえ』にも、夏目漱石の「我が輩は猫である」にも綴られている気がしました。
やがて失うものばかりに「この坂を超えたなら」では、余りにも寂しすぎますからね!

明るい未来に向かって、生き抜きたいものですscissors

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2009年1月17日 (土)

ジブリ映画が好きなんです。

ジブリ映画は、見て心が和む、と愛好している人も多いと思いますが(^_^;)私が初めて見たジブリ映画は、なぜか「魔女の宅急便」でした(*^_^*)
ところで、宅配便と宅急便の違いって皆さんご存知ですか?
宅配便とは小口貨物輸送の略称で、宅急便はヤマト運輸の登録商標なのだそうです。
したがって、他の会社の宅配サービスは宅急便とは呼べない。
ちなみに、映画「魔女の宅急便」のスポンサーはヤマト運輸です。
「魔女の宅配便」…何か違和感があります。。。

ぽにょは「人間になるー!」と言って人間になる為に嵐を起こし、「ハム食べたいー!」といって宗介のハムを取ったり、わがままし放題で、「ああ、こんな風にして大人になっていくのかなあ」と思いながら、子供の姿というのは、ある意味、人間のありのままの姿を表現していると思います。

欲のままに生きる、というか、欲の奴隷になっているというか、それが、子供の内は許されますが、大人になっても、自分のことばかりしか考えないようでは、子供だと言われても仕方ありませんよね。

そんなぽにょも、洪水で家に帰れずに困っている親子に、自分のサンドイッチをあげるシーンがありました。これは、人の為に尽くす大人への第一歩なのかなあ、なんて思いながら見ていました。

人に尽くせば尽くすほど、とても人には言えない醜い心が有ることが見え隠れします。ジブリアニメはそんな深い人間の一面を描かれている様な気がしてならないのは、私だけでしょうか……。

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2009年1月12日 (月)

ワカメちゃんも考えている?

今日は知的に、勉強会に行ってきました。
テーマは「生きる」

その中でも、少し話題になったのですが、思わず考え込んでしまいました。それは、「サザエさん」の一コマでした。

サザエさんと言えば、知らない人はいない、あの This is Japanese Family!!というアニメですよね。
小さい頃は、カツオとワカメがサザエさんの子供だと思っていたんですが、そうじゃなかったのを知って、ビックリしたのを覚えています。

あれこそ、お茶の間で家族全員で見て、ゆっくりほのぼの、という番組ですよね。子供と一緒に見たくない番組には、絶対にランクインしないと思われる、常道をゆく日本の長寿番組「サザエさん」

その、サザエさんの中で、昨年秋に放映されたタイトルが、「考えるワカメ」だったそうです。これ、私も一度見てみたいと思いました。

どういう内容だったか、、、思い出してみますと

ワカメが、
「人間はなんのために生きているの?」
と、いきなりサザエさんに質問するそうです。

ここからして、いつもの「サザエさん」らしくないのですが、その後の展開が、とても興味深いのです。

「そういう難しい質問は母さん(フネ)に聞いて。今忙しいの」

とワカメを回避。
次に、お母さんのフネに聞くと、

「そういうことはお父さんに聞くといいよ」

とたらい回しに…。

この様子を見ていたカツオは、父・波平に電話。カツオは機転が利くんですよね。
「父親の権威を保つためにも、ワカメが寝てから帰った方がいいよ」
とアドバイスします。

しかし、そのカツオにも、容赦なくワカメの質問が…。
「お兄ちゃんが生きていてよかったと思うのはどんなとき?」

カツオは、
「朝学校に行ったら、先生の都合で午前中が自習になっていたときとか、給食で余った1つのプリンをジャンケンで勝って食べられたときとか…」
ワカメは、あきれて、「お兄ちゃん最低!!」と怒ってしまいます。

サザエさんに「ワカメはどんなお兄ちゃんがいいの?」と尋ねられると、
「人生を語り合えるようなお兄ちゃんがいい!」
と返答。サザエさんとフネは、顔を見合わせます。

一方、波平とマスオは、仕事帰りに本屋でバッタリ。
二人ともカツオからアドバイスを受けて、予習のために本屋に立ち寄ったのでした。人生本を購入し、居酒屋で作戦会議に突入。

ワカメが哲学少女と化したきっかけは、どうもパスカルの『パンセ』という本を読んだかららしい。

「人間は考える葦なんだって」というワカメに、カツオは、

「へ~、この“足”で考えるのか〜」と、さすがカツオ、という返答(笑)

ワカメは、波平とマスオの帰りを待つも、なかなか帰宅せず。
すると、そこへノリスケさんが登場。
ワカメすかさず、「人生について考えたことある?」と質問。
ノリスケは、ワカメの悩みに次のように答えます。
「人生」と書いて、ワカメに見せ、
「この“人”という字を見てごらん。左と右で支えあっているだろう。人生というのは、みんなで支えあって生きるということなんだよ。
この世にいらない人間なんていないってことだね。」

これを聞いてワカメは大喜び!その場にいたサザエさんも感心し、カツオも感激します。

ある休日、哲学書を横に、マスオが一人で人生の意味に悩んでいます。
「人生とは何ぞや。死についてふと考えることがある。そして来世はあるんだろうか…」
しかし、サザエさんの
「今日は酢豚でいい?」
の問いかけに
「晩御飯は酢豚で良いのだろうか?」
と、つい考えてしまい「僕は凡人だぁ」とひっくり返るオチでした。

さてさて、問題は、こんなワカメの問いかけは、普通じゃないのか?という事だと思うんです。
どうでしょうか?
ワカメは特別な存在なのか?そういえば、自分も、子供のころ、そんな質問をしたなぁ、という人もあるでしょう。子供に、ワカメちゃんのような質問を受けた、という人もあるでしょう。
皆さんなら、ワカメちゃんの悩みに、何と答えますか?

「人間は、何のために生きてるの?」

すべての人にとって、これ以上、大切な問題はありません。
いつかは考えなきゃ、と思っている人も、後回しにしていては、忘れてそのまま死んでしまったら、手遅れですよね。

あと、こうやって「なぜ生きるの?」の問いかけをうやむやに流してしまう、そうして答えられない事に、苦笑いしながらも、
「家もそうだなあ」
と眺めてしまう事が、本当にこれでいいんだろうか?と思ってしまいました。

これ以上大切な問題は有りませんが、その問いかけに答えを持ち合わせずに生きている、ということは、
実は大変なことではないだろうか?と思いませんか?

ちょっと久しぶりに長々と書いてしまいました。
また振り返って考えてみたいと思います。

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2008年6月12日 (木)

ロト6で3億2千万円当てた男

今度、「ロト6で3億2千万円当てた男」がドラマ化されることになったそうです。

主演は、反町隆史(34)で、ロト6で大金を当てた男性の体験談をドラマ化したものです。

この本、私も読んだことがありますが、世の中には、
「私はこうして宝くじに当たった!」
という内容の本は多いんですが、この本は(実話だそうですが)
「宝くじに当たるまで」
よりも、
「当たってから」
の事にもスポットを当てて書いてある、珍しいものです。

宝くじで3億2000万円当たったらどうする?
そんな庶民の夢が反町主演でドラマになります。

ドラマは、本当にロト6で大金を当てた男性(久慈六郎さん)がその体験をつづり大反響を巻き起こした「ロト6成金のセレブな私生活」の後に書いたノンフィクション書籍「ロト6で3億2千万当てた男の悲劇」が原作となっている。

主演の反町さんは、中堅広告代理店の主任で年収360万円という平凡なバツイチ会社員・立花悟役。
何げない気持ちで購入したロト6が1等に当選したことから大きく変わっていく運命と悲喜劇を描いたコメディー。

「人はお金があれば幸せになれるのか?」
「本当の幸せとは?」

を問いかけるドラマです。

安井一成プロデューサーは
「高額当選者の実話が表に出ることは珍しい。その実話感を大切にして、リアリティーを重視した表現で丁寧に描いていきます」
と話す。

「どこにでもいる普通の男がたまたま3億2000万円を手にしたことによって、いろんなことが変わっていく…。大金を当てたことが吉と出るのか凶と出るのか?ぜひ楽しみにしていて下さい」
と反町さんも気合満々で、9カ月ぶりの主演連ドラでの熱演を宣言したとか。

個人的に楽しみにしています(*^_^*)

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2008年4月 7日 (月)

男達のYAMATO

桜の花について、メッセージを何件か頂きました。有り難うございます。
私の家の近くも、桜並木が満開ですが、浮かれてばかりもいられません。
どちらかというと、桜には華やかなイメージよりも、やがて散っていくという姿に惹かれるものがあるようですね。

ちょっと前の話になりますけど、「男たちの大和 YAMATO」の一場面にこんなのが有りました。
沖縄へ向かう直前に、呉の港へ上陸したときに、病室の内田二兵曹を見舞った森脇二主曹が
「散る桜 残る桜も 散る桜」
と口にする、バックには桜吹雪……
自らは死に向かい、生きよ、と友を思う男…
何ともいえない重い言葉として胸に残っています。

さて、話題を変えて、戦国武将の言葉から、桜の歌を読んでみたいと思います。

戦国時代、関東地方を治めて「戦国の梟雄」と呼ばれていた北条早雲という武将がいました。

北条早雲は、
「若い人に与える」
と言って、二十一ヶ条にわたる掟を書きました。

その最初に
「人間は人目のつかないところでの努力が大切だ」
を挙げた。

二十一ヶ条では、この
「人目につかないところでの努力」
とはどういうものかを具体的にあげています。

朝早く起きて、勤めに出て、勤め先ではどういうふうに振舞わなければならないか、
あるいは家に戻って来た後、どういうことをしなければならないかを細かく決めています。

例えば職場に行って先輩たちがヒソヒソ話をしている時には、
いきなり、
「おはようございます」
などと挨拶して、その場に割り込まない方がいい。
そんなことをすると必ず憎まれる。

また、そういう話に対し、
「なにをお話になっているのですか?」
と、知りたがらない方がいい。

教えて良いことは先輩の方から
「こういうことだよ」
と必ず話してくれるものだ。

そういうことを無視して、いきなりしゃしゃり出ると必ず反感を買う。
可愛がられなくなる。

そういう立ち振舞いは、ひっそりと謙虚に行うべきだ、
とビジネスマン心得を相当にこと細かく、また厳しく示していたそうです。

人目につかないところでの努力は他人からも気づかれにくいものです。

しかし、そういった努力は必ず何倍もの大きな結果となってその人に帰ってきます

「あれを見よ みやまの桜 咲きにけり
  真心つくせ 人しらずとも」

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