« 利き目 | トップページ | ココログでの注意!公開日時の指定で書きかけの文書が消える。 »

2011年3月27日 (日)

念仏者は無碍の一道なり

今日は、高森顕徹先生の御著書、『歎異抄をひらく』についてのテレビ座談会でした。

「念仏者は無碍の一道なり」(歎異抄第7章)

 この一行の解釈をめぐって、「念仏者は無碍の一道である」とするか、「念仏は無碍の一道なり」とするか、「者」の解釈を、「は」と読むか「人」とするか、で分かれていることを教えて頂きました。
 たった一字の違いが、大違いです。
 その一字の正確な意味を知るには、「念仏」の正しい意味を知らねばなりませんし、間違った解釈をすれば、前後の合わない部分を埋めるために、どう誤魔化していくか?と苦労せねばなりません。

『歎異抄をひらく』で明らかにされている「念仏」の正しい意味を聞かせて頂ける事が、いかに聞き難いことか、と強く知らされました。

親鸞学徒の皆さんと、続けて信心の沙汰をしていきたいと思いますhappy01

|

« 利き目 | トップページ | ココログでの注意!公開日時の指定で書きかけの文書が消える。 »

信心の沙汰」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/531590/51233330

この記事へのトラックバック一覧です: 念仏者は無碍の一道なり:

« 利き目 | トップページ | ココログでの注意!公開日時の指定で書きかけの文書が消える。 »