親鸞聖人が、世界の光と賞賛される理由
親鸞学徒の皆さんと、勉強会に参加しました。
そこで、講師の先生から教えて頂いたことで、とても心に残った事がありました。
「あと7年生きて親鸞聖人を書きたい」と
平成3年83歳で亡くなった文学者、井上靖は臨終に言い残してるそうです。
今日も多くの哲学者、文学者が親鸞聖人に熱い視線を注いでいますが、井上氏もその一人だったようです。
なぜ、親鸞聖人は、世界の光と多くの人から賞賛されているのでしょうか?
それは、すべての人が最も知りたい人生の目的を明らかに教えておられるからです。
人は何の為に生まれてきたのか、生きているのか。どんなに苦しいことがあっても自殺してはならないのか?
この本質的な問いに答えうることができるのは、親鸞聖人お一人です。
今晩12時に死ぬと限定されたら残された時間を何のために使うのか。
これが達成できたら死んでも後悔しないと大満足できるものがあるだろうか?
世界の如何なる哲学思想も答えることの出来ない人生の目的を親鸞聖人のみが明らかに教えられたのです。
「なぜ人命は尊いか、説明できた哲学者を知らない」と、P・フットは『道徳的相対主義』の中で告白しています。哲学書を何百冊読んでも分からないこと、それが「なぜ生きる」の答えなのです。
親鸞聖人のみ教えの中にこそ人生の目的があり、だから、親鸞聖人は、世界の光と、多くの人から褒め称えられています。
親鸞会館で高森顕徹先生から、いつも聞かせて頂いているお言葉ですが、改めてすごいことをお聞きしているんだなあ、と知らされました。
限りある命、と思った時、まじめに残された時間をどう過ごせば良いか?考えると思います。
ちょうど、財布の中には限りあるお金、と思ったら、何でも好きなように使うのではなく、いろいろ考えて、困らないようにします。買いたいものがあっても、我慢もするでしょう。
限られた燃料(石油資源)と思うから、低燃費車が注目を集めるのでしょう。
限りがある、実は、これが本当の姿なのですが、ついつい私たちは、いつまでも続くかのように錯覚しています。だから、失ってみて初めてその大切さが知らされる、しまった!もっと大切にしておけばよかった、と後悔してしまいます。
何度、そんな後悔をしてきてか分かりませんが、自分自身の人生においては、決して後悔をせずに、生きてよし、死んでよし、の幸せになりたいと思いました!
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