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2009年1月25日 (日)

歓楽極まりて 哀情多し

「歓楽極まりて 哀情多し 少壮幾時ぞ 老を奈何せん」

これも、中学校の漢詩で勉強をした言葉です。思い出しついでに書いておきたいと思います。
漢の武帝の言葉です。武帝は前漢帝国の第七代皇帝で、富みと絶大な権勢を誇り、中国世界の全土を支配し、漢時代の最盛期を生き抜いた人です。
大まかな意味は、
「歓び、楽しみの絶頂に、哀しさ、空しさが胸の内に満ちてくる。
若く、元気な時はアッという間に過ぎ去り、
人は老い、やがては死んでゆかなければならない。
この哀しくも儚い現実をどうすればよいのか」

武帝の開く宴は盛大至極のものだったと伝えられています。
しかし、その最中、胸に去来するのが「哀しみの情」。
「歓楽尽きて 哀情多し」とも言われますが、栄枯盛衰、盛者必衰で、幸せは長くは続きません。
老いと病と死は、何人も避けることは出来ないのです。

武帝も始皇帝も、ともに不老長生を求めましたが、忍び寄る死の影に脅え、心安んずることは、ひとときとしてなかったのではないでしょうか。裸で生まれ裸で死んでいくのは、庶民も皇帝もなんら変わりはありません。いえ、この世の幸せを極めたなればこそ、現実に直面する老いや死は、耐え難い、落差として感じられたことでしょう。

『史記』には次のような言葉もあります。

「物事は、極端にまで立ち至れば、初めに還る」(『春申君列伝』)
「酒が極まれば乱れ、楽しみが極まれば悲しい」(『滑稽列伝』)

権力者だけでなく、私たちも、私たちのレベルで、やはり「歓楽尽きて 哀情多し」ですよね。

若者の8割が虚しさを感じ、また、人生は不安に満ちていると思うという学生も7割近くある、と言われます。漠然とした虚しさや満たされなさを抱えている人が多くあって、そんな気持ちをごまかしながら、私達はなんとかと生きているようにも感じます。
これでいいのでしょうか。人生ってこんなものなのでしょうか。
断じて、違います。私の周りでも、将来の不安などの話がよく出てきます。ゆっくり考えてみてはどうでしょうか?

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