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2009年1月

2009年1月31日 (土)

氷見うどんの美味しい店

今日は、氷見うどんを食べに行ってきましたnoodle
ラーメンも好きですが、富山と言えば、氷見うどんです。
丁度美味しい店に寄りました。サンキューです。店長さんが、ブログも紹介してくれましたので、リンクも付けておきます。

この間、メモ書きした射水市ラーメン街道からは少し離れますが、ここの豚ソバというラーメンも美味しいです。ですけど、氷見うどんは、また美味しいですね。リピーターになりたい、またまた一押しのお店でした。

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パソコンが壊れても、まだまだ使えます!

パソコンが壊れた、動かなくなった、買い換えなくては……と慌てる必要は有りません。
ほとんどの場合、壊れた、壊れた、と言っているのは、ハードディスクの事です。ですから、本体のハードディスクさえ交換すれば、まだまだ使える、というものが多いです。

なんと言っても、ダイナブックの素晴らしい所は(!?)この、ハードディスクの交換が楽ちんなのです!
私も、今、使っている、MX/190DRも、EX1も、ハードディスクの交換で生き延びています。

交換だけなら、本当に簡単です。
また後日、写真をアップします。
Dynabook SS MX/190DR編

①本体に繋がっている製品を取り外します。
②アダプタも抜きます。
③バッテリを取り外します。
④パソコンを裏返しにします。
④右手前の蓋の中に、ハードディスクが入っています。
(ちょうど、プロダクトキーのシールの下です)
⑤その蓋のねじ(1本)をはずします。+ドライバーで簡単に取れます。
⑥中にハードが入っていますので、ケーブルを引っこ抜かないように、浮かせます。
⑦ハードディスクに繋がっている、ケーブルをソケットごと抜きます。
⑧ハードディスクを固定している4本のねじをゆるめ、ディスク本体を取り外します。

★いよいよ、新しいハードディスクを取り付けます。
 ここからは、⑧→⑤の逆手順です。
 所要時間は、ざっと、10分程度でしょうか?

この手のダイナブックは、まず復元用のDVD-ROM等が付属で付いています。
電源を入れて、F2を押し、起動モードを選択して、DVDから起動にすれば、あとは、ハードディスクの初期化から初期状態までの設定まで、案内に従っていけば、1時間ほどで終わります。

これで、このパソコンもしばらく使えるようになります。
パソコンを買い換えるとなると、10万近く掛かりますが、ハードディスクの交換ならば7~8千円です。現役続行で、愛着を持って使いましょうscissors

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2009年1月30日 (金)

ダイナブックに惚れ込んで。

趣味のパソコンは、高校の時に、父がパソコンを買った頃から、使い始めましたが、本格的に興味を持ち始めたのは、大学に入ってからでした。と言っても、専門は経営学を専攻していましたし、一応?文系ということもあって、パソコンには直結しません。

ちょうど、大学に入った頃から、ウィンドウズ時代が到来して、デスクトップもノートパソコンも、価格も落ち着き、大学生にも手が届くくらいになってきましたhappy01

最初に手にしたのは、たしか……NECの9821Ldだった様な……(ハッキリ覚えていません)
そのころは、バッテリが1時間持ったら、長時間!!と言っていた時代でした。
そして、パソコンショップでアルバイトを始めて、手にしたのが、懐かしのThinkPad530という名機でした。赤ポチのアレですよね!あれは、本当に良くできたノートパソコンでした。何より頑丈で、乱暴な私にもピッタリでした。
その後、また勉強のために学校に行き始めたんですが、パソコンが必要になり、中古で535をGetしました。
あれにも驚きました。530と同じ大きさなのに、液晶が大きい!しかも、TFT!素晴らしいノートでした。

就職してから、初めて手にしたのは、これも中古のレッツノート(N4)いわゆる、レッツミニのトラックボールです。
これでトラックボールのファンになりまして、しばらく病みつきになっていました。
あれは3年くらい使いましたね。Win2000が何とか動く、ということで、気に入っていました。
ところが……、レッツノート、トラックボールから撤退……。
とうとうレッツノートが調子が悪くなって、適当なノートパソコンを探していた時に、発売したのが、「ダイナブックC7」でした。
ここから、私とダイナブックのお付き合いが始まりました。いや、これが本当に使い勝手が良かったんです。

今のところ、C7→EX1、SSMX/190DRと来ています。
C7は発売当初から使い、仕事上、スペック的に追いつかなくなって、手放して、SSMX/190DRを中古で購入しました。
EX1は、ほぼ自宅でのメインパソコンです。持ち運ぶ時には、モバイルでSSMX/190DRという感じです。
メンテナンスや状況は、また随時、メモとして残していきますmemo

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筋肉痛になっています

こんにちわ、モーリーです。

水曜日、張り切ってスクワットを100回しました。昨日は何とも無かったのですが、、、今日になってものすごい筋肉痛になりましたwobbly階段を上るのも本当に大変ですが、降りる方がもっと大変です。

なぜ筋肉痛になるのか?ということについては、運動や筋トレによって、筋肉が壊れた状態が筋肉痛だそうです。その壊れた筋肉が回復すると、逞しい筋肉になっていくそうです。専門用語では「超回復」と言われています。ですから、筋トレをする場合、筋肉痛になったということは、それだけ筋肉が鍛え上げられる過程にある、ということで、良いこととも言えます。

ですが、気をつけねばならない、大事なポイントがあります。まず、あくまでも、筋トレの場合は、ウォーミングアップを怠らない、ということです。十分に筋肉を暖めてからトレーニングをしないと、本当に壊れてしまいます。怪我の元です。急な運動は、体に良いどころか、返って逆効果となり、痛めてしまいます。

その次は、しっかり回復させた上でトレーニングを行うと、より強い筋肉になってくんですね。回復しないままで連続で筋トレをするのも逆効果です。稽古は毎日しなければ上達しませんけど、筋トレは、休み休みでないと、いけないんです。筋トレ→超回復→筋トレ→超回復、、、で筋肉がついていくんですね。怠け者の私にはピッタリです。

ということで、今日は休んでから、明日は105回を目指して、頑張りたいと思いますrock

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2009年1月29日 (木)

美味しいラーメンを食べたい

好きな食べ物は?と言われると、「ラーメン」と答えてしまいますnoodle

富山県には、通称「富山ブラック」と言われるラーメンがあります。ですが、私は富山ブラックは苦手です。

そういえば、射水市の役場沿いの道路はラーメン街道かと思うくらいにラーメン店がひしめきあっています。今日も用事で通りかかりましたので、ついつい入ってしまいました(◎´∀`)ノ(というか、お昼にわざわざこの道を走った感じです)

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今日は時間帯が良かったのか、あんまり、混んでない感じの「昭和食堂」です。お昼時に行くと、ここは、おにぎり・ごはんのお代わり自由ですnoodle200901271222000

焦がし醤油そば(こってり)を注文して、おにぎり2個と、とろろご飯を食べてしまいました。。。食べ過ぎでした。

勝手に名付けている射水市ラーメン街道の中で、私の中では一押しです。というのは、ラーメンの味だけではなく、店員の挨拶が、とっても良いんですね。しかも、味も美味しい!です。ですけど、おにぎりやご飯が無いと、麺の量は少なめですから、夜に行くときには、大盛りくらいにしないと、食べたー!という満腹感は無いかもしれませんね。

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2009年1月28日 (水)

ユニコーンを聴いて

久しぶりに、ユニコーンのアルバムを聞きました(知らない人もいるかも……(^_^;
歌を聴くと、その歌が流行していた頃の記憶が甦ってきて(まだ高校生の頃でしたから、15年以上前の話ですよね)、懐かしさやら感動やら、悔しさやら、カラオケで絶叫していた事とか……いろいろな思いが溢れました。

青年は、常に未来を語り、老人は、つねに過去をなつかしむ、と、いわれます。同じ悔いを残さないよう、未来に向かって生きたいと思いました(^^)v

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2009年1月27日 (火)

五つの反省

神戸大学海事学部の教授をしていた方から、お聞きした話です。我が母校ということで、やはり馴染みがある感じがします。その時に聞いた話の中で印象に残ったことを、書き留めておきます。

広島県江田島の海軍兵学校には、現在の海上自衛隊にも継承されている五省というものがあったそうです。生徒がその日の行いを反省するために、自らへ発していた5つの問い掛けのことです。
現在でも、江田島を訪れる人が、子供や社員の教育の為にと五省をメモをして帰るなど、当時の海軍兵学校がいかに人間教育に重点を置いていたかがわかります。
また、敗戦後 来日した米海軍のウィリアム・マック海軍中将が五省に感銘を受け、現在でもアナポリス海軍兵学校で五省が利用されているそうです。

■海軍兵学校 五省■
一、至誠に悖るなかりしか(真心に反する点は、なかったか)
「それをしなければ」と思っているのに、何となく、後込みしてしまったところはないか。

一、言行に恥づるなかりしか(言行不一致な点は、なかったか)
「あの人は口だけだ」とか「口ほどに手が動かない」とかいわれるようなところはなかったか。

一、氣力に缺くるなかりしか(精神力は十分であったか)
「仕事なんて二の次だ」などという気持ちは持たなかったか。

一、努力に憾みなかりしか(十分に努力したか)
初めから、「できない」と決めつけて、十分な努力もしないで、あきらめていなかったか。

一、不精に亘るなかりしか(最後まで十分に取り組んだか)
「もうこれくらいで良い」と自己満足をしたり、手抜きはしなかったか。

いずれも耳に痛い言葉です・・
「楽して得られるものは貧と恥のみである」
と言われますが、日ごろの心がけと言動が大事ですね!私も目的に向かって、陰日向なく、努力精進していきたいと思います。

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2009年1月26日 (月)

ジャネーの法則

こんにちは、もーりー便りです。またまたメモですが……「1年間は365日(閏年は366日)」というのは毎年変わらないのですが、年を重ねるごとに、どんどん時間の流れが速くなっているように感じるのは気のせいなのでしょうか。

「10歳の1年は人生の10分の1。30歳の1年は人生の30分の1。そりゃ速いよ」そう考えれば、何だか納得できるような…できないような…。

このように年齢を分母にする考え方は“ジャネーの法則”と呼ばれるものだそうです。
ただ、同じ歳でも、人によって時間の感じ方は違うそうで、このような考え方は科学的研究では重要視されない説みたいです。
ということは、やはり時間が速く経つ感覚は気のせいなのか…というと、実は、年をとると時間の流れを速く感じることを示す実験結果があるそうなんです。

1分経ったら合図をする条件で統計を取ると、年齢が上の人ほど遅く合図する傾向があるとのこと。
現実の時間より心的時間(実際の時計とは異なる精神的な時間)の方がゆっくりと流れるようになるらしいです。
極端な話だと、1分だと思って合図したら2分経っていた場合、30分経ったと思ったときには、実際は60分が経過していることに…。つまり、実際の2倍の速さで現実の時間が過ぎていくことになります。そりゃ『時間が経つのが速い』となりますよね。
いったいなぜこうなるのか。

いくつかの要因があり、その中の一つとして加齢に伴う身体的な代謝の低下が考えられるそうです。
代謝が落ちると、心的時間もゆっくりと流れるようになりますが、逆に代謝が活発だと、心的時間は早く流れるようになるそうです。代謝は心的な時計の動力源の一つと考えれば分かりやすいかもしれません。

ほかにも、時間の感覚に影響を与える要因がいくつか実験で確認されていて、それらが組み合わさって時間が速く流れていると感じるらしいです。

以前、20歳は人生の折り返し地点だと聞いたことがあります。
「自分は二十歳だ!まだまだ若いぞ!」と言っていても、時間はあっという間に過ぎ去っていってしまいます。ということは、30歳を過ぎたモーリーは、余計に早く感じているわけですね。
「自分にはまだまだ時間がある」
と思って、ついつい大切な問題を後回しにしてしまいがちな私たちですが、取り返しがつかなくなってから後悔しても手遅れになってしまいます。

私たちが最優先でなさねばならない一番大切なことに、時間を有効活用できるようにしていきたいですね(^_^)v

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2009年1月25日 (日)

歓楽極まりて 哀情多し

「歓楽極まりて 哀情多し 少壮幾時ぞ 老を奈何せん」

これも、中学校の漢詩で勉強をした言葉です。思い出しついでに書いておきたいと思います。
漢の武帝の言葉です。武帝は前漢帝国の第七代皇帝で、富みと絶大な権勢を誇り、中国世界の全土を支配し、漢時代の最盛期を生き抜いた人です。
大まかな意味は、
「歓び、楽しみの絶頂に、哀しさ、空しさが胸の内に満ちてくる。
若く、元気な時はアッという間に過ぎ去り、
人は老い、やがては死んでゆかなければならない。
この哀しくも儚い現実をどうすればよいのか」

武帝の開く宴は盛大至極のものだったと伝えられています。
しかし、その最中、胸に去来するのが「哀しみの情」。
「歓楽尽きて 哀情多し」とも言われますが、栄枯盛衰、盛者必衰で、幸せは長くは続きません。
老いと病と死は、何人も避けることは出来ないのです。

武帝も始皇帝も、ともに不老長生を求めましたが、忍び寄る死の影に脅え、心安んずることは、ひとときとしてなかったのではないでしょうか。裸で生まれ裸で死んでいくのは、庶民も皇帝もなんら変わりはありません。いえ、この世の幸せを極めたなればこそ、現実に直面する老いや死は、耐え難い、落差として感じられたことでしょう。

『史記』には次のような言葉もあります。

「物事は、極端にまで立ち至れば、初めに還る」(『春申君列伝』)
「酒が極まれば乱れ、楽しみが極まれば悲しい」(『滑稽列伝』)

権力者だけでなく、私たちも、私たちのレベルで、やはり「歓楽尽きて 哀情多し」ですよね。

若者の8割が虚しさを感じ、また、人生は不安に満ちていると思うという学生も7割近くある、と言われます。漠然とした虚しさや満たされなさを抱えている人が多くあって、そんな気持ちをごまかしながら、私達はなんとかと生きているようにも感じます。
これでいいのでしょうか。人生ってこんなものなのでしょうか。
断じて、違います。私の周りでも、将来の不安などの話がよく出てきます。ゆっくり考えてみてはどうでしょうか?

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2009年1月24日 (土)

300アクセス突破しました。

モーリー便りです。コツコツと雑記を綴ってきましたけど、300アクセスを突破しましたscissorsまだまだ駆け出しですが、これからもコツコツやっていきたいと思います。

今日は、富山は雪となりました。昨日の夜のは、そんなに降らないかなあと思っていたら、今朝は結構、積もっていました。おまけに、除雪車ものんびりしていたのか、道路もあんまり除雪されてなかったですね。

それにしても、富山県は融雪装置が多い。これは、他の県から来た人は、皆さんビックリされますね。雪道は安全運転で、スピードの出し過ぎには注意していきたいと思います。

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2009年1月23日 (金)

みかんは美味しいか、美味しいみかんか

今日のモーリー便りは、「みかん」です。年末から年始に掛けて、美味しいミカンをたくさん頂きました。一口で、みかんといっても、たくさんのみかんが有りますよね。

みかんの特産地もいろいろ有ります。蒲郡のみかん。広島ならば大長みかんでしょうか?愛媛のいよかん。はっさく。でこぽん。ぽんかん。いろいろ有りますよね。正月は、みかんを食べ過ぎて、手のひらが黄色くなってしまいましたcatfaceそれは、食べ過ぎの証です。

ちなみに、みかんといえば、ビタミンCというイメージが強いですよね。
しかし、みかんの効果はそれだけじゃないんです!
実には、疲労回復効果のあるクエン酸や、ガン予防効果のあるオレンジ色の色素βクリプトキサンチンが有りますし。
それだけじゃありません。スジや袋には、ペクチンという食物繊維が実の4倍と、血管と血液を元気にする効果があるヘスペリジンが含まれています。
袋を残す人もありますけど、スジや袋も一緒にみかんを食べると健康効果倍増!
ただし、食べすぎると体が冷えたり、手が黄色くなったりするので要注意です(私みたいになります……)

こたつに入って、テレビでも見ながら1日2個程度食べれば、1日に必要なビタミンCをとることができますよ。お試しあれ(*^_^*)

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2009年1月22日 (木)

恩という字は「原因を知る心」と書きます。

今日も、この間に続いて、“脳トレ"をやっていました。そのトレーニングの中に、「漢字合成」というトレーニングがあります。

パーツがいくつか出てきて、それを合成して一つの漢字にする、というトレーニングなんです。

例えば「サ」「十」「日」の3つが、ゆっくりと回っています。この3つのパーツを組み合わせて出来上がった漢字を答える、というトレーニングです。

今回ならば、答えは「草」ですね(^_^)v 

その中に、「口」「心」「一」「大」がぐるぐる回っている問題がありました。……。何だ?何だ?画面に、何度も変な字を書き上げながら、正解にならないので、焦って、焦って、うううううううう!!!!!!(この時間が、脳の若返りには良いみたいですがcat

そして、出てきたのが、そう!!「恩」なんですよ!

「ピンポーン!」いやー、この時は嬉しかったですね。

ふと、gooのブログを何気に見ていると、見つけたブログがありました。そこで、この「恩」について触れられた記事があって、思わず読みふけってしまいました。

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お互いに求める心がなくして、
人に尽くすことが出来たら、どんなに楽しいことだろう。
施した恩は思ってはならぬ。
受けた恩は、忘れてはならぬ。

仏教では、「恩」について、とても重く、大事であると教えられています。
「恩」とは、文字通り、原因を(因)知る心(心)ですから。

今自分がここにいられるのは、誰のおかげなのか・・・・
色々な人や物が浮かんできたと思います。
それらに守られ、大事にされ、今まで生きてくることができました。

その恩を知り、感じて、そして受けた恩に何とか報いようとする心、とても大事です。逆に、この恩を知らず、感じず、報いるどころか、仇で返すものは、畜生よりも劣ると言われます。

一度、私が、ここにいるのは、生きてこれたのは、だれのおかげであったのだろう?と考えてみる時間をもつのもいいかも知れませんね。

お釈迦様の説かれたお経の中に「父母恩重経」というお経があります。
ちなみに、韓国でも、この「恩」の仏教の影響だと思いますが、「恩」、「恩恵」など、大事にしますね。

だから韓国の方は、お世話になったらいつまでも忘れないのかも知れませんね。
感動した話がありますので、またの機会に紹介しますね。
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一部を引用させていただきましたが、本当にそうだなあ、と感じました。

恩を仇で返すのは、畜生よりも劣る、とは厳しい言葉ですが、簡単に裏切る人が多い世の中だからこそ、恩を感じて、恩を大切にする関係って、すてきだと思います。有り難うございました。

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2009年1月21日 (水)

ままにならぬとおひつを投げりゃ、そこらあたりは ままだらけ

ここ2日で、アクセスが伸びてきた気がします。嬉しいですnotesちなみに、グーグルで「モーリー便り」で検索を掛けると、2番目にヒットします。へえぇってこちらが驚きました。

今日は、私も目にして気になった歌を、忘れないように書いておこうと思います。

「ままにならぬとおひつを投げりゃ、そこらあたりは ままだらけ」

わがまま(まま)にならないからといって、ご飯のおひつを投げたらどうなるか?そこら中にご飯(まま)が飛び散って、まま(ご飯)だらけ、になります。こんな話が、イソップ物語にありました。

中年の男が二人の女性と恋愛していた。
一人の女性は彼よりもずーっと若く、もう一人は、幾つか年上だった。
若いほうの女性は少しでも彼が若く見えるように、夕食後、膝枕にした彼の頭の白髪を、一本一本丹念に抜いてゆく。

ところが年上の女性は、彼が自分よりも、若く見られることを嫌っている。
そこで朝食後、彼の頭の黒い毛を一本一本入念に抜いた。
しまいに男は丸坊主になってしまった。

話の終わりには、
「あちらにもこちらにも良くすると、自分の身が立たなくなる」
と書かれてありました。

財産があると思えば子供がない。いかにあがいても恵まれない。
子供が沢山あると思えば財産がない。どんなに働いても金ができない。
奇麗な顔していると思えば背が低い。終日運動してもどうにも伸びない。
すらりとしていると思えば顔がいただけない。どんな美顔整形しても、地が悪いからムダである。
世の中、思うままにはならないようですね。

思うままにならないだけに、したい放題、言いたい放題、やりたい放題、(これが、自分の本性だと、つくづく知らされますが)その己を通してばかりいては、最後に残るのは、惨めな自分だけ……ということになるかもしれません。

別な視点から見てみますと、ちょっと気を抜くと、玄関に入っても靴を脱ぎっぱなし。台所にある食事をつまみ食いして、食べるだけ食べても皿は片付けない……脱いだ服は脱ぎっぱなし。今で脱いだ靴下がそのままになっていて、「お父さん、靴下くさーい」なんて娘に言われたり……

気が付いたら、どうですか?そこら中は散らかって、そんな人に愛想つかされて、誰も近寄ってくれなくなるやもしれません。

習慣となってしまえば何でもない事でも、ついつい自分のやりたい方に、やりたい方に、と流れていきがちな自分です。だからこそ、やりたい放題していたらダメなんだなあ、と自分に言い聞かせて、しなきゃならない事は、一つ一つ、やっていきたいものです。

最後は、自分に言い聞かせて。。。。今日のモーリー便りでした。

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2009年1月20日 (火)

一日に一つ学べば、一年で三百六十五も身につく

常に向上心を忘れずに進んでいきたいと思う、モーリーです。もーりーは平仮名か?カタカナか?と尋ねられましたが、いずれもOKです。

さて、話題は変わりますが、ついつい、「それは知っている」「今のオレには必要ない」「前に聞いたことだから、もう聞かなくても良い」なんて思ってしまいがちですが、
武田信玄にこういうエピソードが残っています。

一日に一つ学べば、一年で三百六十五も身につく

「人を木に例えるならば、学問は、その枝葉にあたる。枝葉がよく茂った立派な木になるためには、大いに学問をしなければならない」
 武田信玄は、家臣との懇談の中で、学問の必要性を説いている。
 では、どんな心構えで学べばいいのか。
 信玄のアドバイスは光っている。

「なにも書物を読むことだけが学問ではない。
 それぞれの道を究めることを学問という。
 自分より優れている人に近づき、話を聞くのもよい。
 一日に、最低一つは学ぶように心がけなさい。
 そうすれば、一カ月で三十カ条学んだことになる。
 一年たてば三百六十余りも身についたことになる。
 去年の自分よりも、今年の自分のほうが、はるかに向上しているはずだ。
 頭を下げて、人の良いところを学び取るのは、少しも恥ずかしいことではない」

 戦国乱世を勝ち抜き、信長、家康に恐れられていた信玄自身が、若き日から実践してきた心得なのだろう。
 一人の人間として、生涯にどれだけ立派な枝を伸ばし、多くの青葉を茂らすことができるか──。
 それは、一日一日の、小さな努力の積み重ねの結果である。

という事で、常に先人に学んで、一日半歩ずつでも向上を忘れずに、頑張りたいと思います!

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2009年1月19日 (月)

今晩死ぬ覚悟で何事も行うようにしよう。

今晩死ぬ覚悟で何事も行うようにしよう。

親鸞学徒のモーリー便り。今日はこの言葉を紹介したいと思います。私がとても励まされた言葉なんです。

先日も書きましたが、1月19日は阪神大震災があってから3日目でした。神戸市東灘区に住んでいた私は、一番近くの避難所に非難していましたが、少し南側(海側)にあるガスタンクからガスが漏れだした、という知らせが入り、17日の夜、冬空寒い中を、毛布でくるまりながら北へ、北へと歩きました。1キロほど歩いたところに、御影高校という高校がありました。そこへ避難することになりました。

教室には、ろうそく一本。机を教室の端に移動させて、広がった空間に集まって、夜を明かしました。もう三日目です。

その時に「今晩死ぬ覚悟で何事も行うようにしよう」という一言を思い出しました。

思えば、自分も瓦礫の中から逃れてきた身です。あの時、死んでいてもおかしくなかった命です。だからこそ、一日一日を悔いのない生き方をしたい。しなければならない。と思いました。だから、「今晩死ぬ覚悟で何事も行うようにしよう」なんですね。

せっかく延びた命、悔いのない一日一日を送らねば、申し訳がないです。しっかりしたいと思います。

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2009年1月18日 (日)

一旦停止

運転中、いつも通りかかる交差点がありますが、いつもは、ゆるゆる右を見て左を見て、という感じで流しているところでしたが、今日はなぜか、一旦停止をしっかりしようと思って、ブレーキを踏んで、完全に停止してから、発進をしました。

すると、右の蔭に、パトカーがとまっていました。きっと、そこの一旦停止を遵守しているかどうか、見ながら、一旦停止無始を現行犯で青切符を切るために待機していたのでしょう。

やれやれ。と思いましたが、一旦停止は、ジンダハン(富山弁でオマワリさんの事です)が見ている時だけ、一旦停止をすればよい、というものではありません。これは、曲がりなりにも運転免許証を持っている人ならば、知っているはずです。

わかっちゃいるけど、車の通りも少ないし、人が歩いている気配はないし、とついつい気を許して、一旦停止をせずに流してしまいがちです。というか、自分がそう流されていました。

ですが、ルールはルールであり、ルールを守りたくなければ、車に乗らない事です。ルールを守りますから車に乗る許可を与えてください、というのが、運転免許証ですよね。本来の意味から行きますと、当然です。

人が見ている、見ていないにかかわらず、定められたルールは守らなければなりませんね。今日、たまたま一旦停止を守りましたから、危ないところでしたが、自分が事故を起こさないためにも、人を傷つけない為にも、大切な命を守るためにも、しっかりと交通ルールを守りたいと思います。

「なぜ生きる」が大事だから、生きていく為の「どう生きるか」が大事になります。守らなければならないからルールを守るのではなく、大切な生きる目的がありますから、生きていくために定められたルールを守らねばならない。しっかりと心得ておきたいと思いますrvcar

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2009年1月17日 (土)

14年も延びた命で何をするのか?

今日は、阪神大震災がおきてから、早や14年ということで、各テレビ局でも報道番組や特番が組まれたりして、その時の様子を振り返っていました。

私は、平成7年当時、神戸市東灘区に住んでいました。ちょうど、阪神電車の御影駅という駅の近くで、住んでいた下宿から1分で阪神高速という、最も揺れの激しかった地域にいました。倒壊した阪神高速は、そこから阪神電車で2駅のところでした(電車で3分ほど)

あれから、もう14年も経ったのかと、本当に感慨深くなります。聞いて驚いたことには、当時の神戸市に住んでいた人のうち、3分の1は既に別の場所に転居しており、現在の神戸市民の3分の1は、震災を知らない人たちだそうです。それを聞くと、なおさら、月日が経ったのだと感じました。

今は富山にいるのでよけいに寒いのかも知れませんが、この1月に着の身着のままで家を追い出されて、毛布一枚で避難所にうずくまっていたあの日の晩のことを思い出すと、その悲惨さが、改めて知らされます。

この富山でも相当の揺れがあったと聞きました。両親も心配して、何度も神戸の下宿に電話を掛けたそうですが、全く繋がらず、どれだけ心配をしてくれたかと、今でも感謝しています。自分の命を一番心配してくれるのは、やっぱり両親なんですね。夕方になって、ようやく近くの仮設の電話機から実家に掛けたときの、あの安堵した声は、忘れられないです。すぐに、夜行で車を飛ばして駆けつけてくれたのですが、道路は寸断されて、すごく時間が掛かった、と言っていました。

あれから14年。私は幸いに生き延びた者ですが、あの時の事は今でも忘れられません。崩れた瓦礫の中から命懸けで引っ張り出した人もありました。家族を失って、避難所で泣きじゃくるお婆さん。「わしも一緒に死んでおればよかった」と泣き続けていました。

死んでいてもおかしくないなか、生き延びた。その延びた命で何をするのか?これが、「なぜ生きる」です。

日頃は、そんなに深く考えない大きすぎるテーマに違いありません。ですが、こういう日を縁として、なぜ命が大切と言われるのか?考えるべきではないかと思います。

幸いに、私は親鸞聖人の教えから、この答えを知ることが出来ました。本当に幸いであったと思います。この延びた命で何をするか?これからも、生きる目的を、縁のある方に伝えていきたいと思っています。

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フードバンク

国連食糧農業機関(FAO)のディウフ事務局長は、イタリア議会での証言で、食料価格の高騰に伴い、世界全体の栄養失調状態にある人口が2007年に7500万人増加し、約9億2500万人に膨らんだことを明らかにしたそうです。

一方、日本では食余りと言われて、食べ残しも平気で行われています。
こういった不均衡を少しでも解消しようと、フードバンクなるものが脚光を浴びているそうです。余った食事をためて、不足しているところへ回す。画期的な方法だと思います。
少しでも良い方向へ進むことを念じたいと思います。

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ジブリ映画が好きなんです。

ジブリ映画は、見て心が和む、と愛好している人も多いと思いますが(^_^;)私が初めて見たジブリ映画は、なぜか「魔女の宅急便」でした(*^_^*)
ところで、宅配便と宅急便の違いって皆さんご存知ですか?
宅配便とは小口貨物輸送の略称で、宅急便はヤマト運輸の登録商標なのだそうです。
したがって、他の会社の宅配サービスは宅急便とは呼べない。
ちなみに、映画「魔女の宅急便」のスポンサーはヤマト運輸です。
「魔女の宅配便」…何か違和感があります。。。

ぽにょは「人間になるー!」と言って人間になる為に嵐を起こし、「ハム食べたいー!」といって宗介のハムを取ったり、わがままし放題で、「ああ、こんな風にして大人になっていくのかなあ」と思いながら、子供の姿というのは、ある意味、人間のありのままの姿を表現していると思います。

欲のままに生きる、というか、欲の奴隷になっているというか、それが、子供の内は許されますが、大人になっても、自分のことばかりしか考えないようでは、子供だと言われても仕方ありませんよね。

そんなぽにょも、洪水で家に帰れずに困っている親子に、自分のサンドイッチをあげるシーンがありました。これは、人の為に尽くす大人への第一歩なのかなあ、なんて思いながら見ていました。

人に尽くせば尽くすほど、とても人には言えない醜い心が有ることが見え隠れします。ジブリアニメはそんな深い人間の一面を描かれている様な気がしてならないのは、私だけでしょうか……。

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脳トレです。なぜ若くなりたいんでしょう?

今さら……と思われるかも知れませんが、久しぶりに引っ張り出してきて「脳トレ」をやってみました。この一週間の効果は、なんと!

200901171929000 脳年齢26歳(実年齢よりも若くなりましたscissors

あ、下の人ですよ(^_^;)上にあるのは私の家族です。こっちも結構頑張ってます。

大事な頭ですから、しっかりトレーニングしないと(._.) φ 若返りが実感できると、やっぱり嬉しいものです。

しかし、なぜ、若く見られると嬉しいんですかね?素朴な疑問です。小さいときは、早く大人になりたいと思っていたはずなのに、いつを境に年を取るのを嫌だと感じるようになったのでしょうか?うーん?

「気持ちだけはまだまだ学生のつもりです」

なんて言っている自分に、自分も間違いなく年を取っているのだと実感しましたcrying

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2009年1月16日 (金)

効果的なトレーニング法は?

筋トレと一言で言っても、どんなトレーニングが一番効果的か?ということは、やり始めにはなかなか判らないものです。やっぱり、何でもそうですが、「餅は餅屋」と言われるように、その道の専門の人に尋ねてみるのが一番ですよね。
そこで、トレーナーをやっている人に聞いてみました。
いくつかのパターンがあるそうです。

まず、強い筋肉を作りたい人は……?
・トレーニングに使う重さは、自分が目一杯上げられる重さの7~8割。
・回数は10回×3セット(10回×3セット出来る重さが適当)
・1セット毎の休憩は2分くらい。

次に、持久力のある筋肉を作りたい人は……?
・トレーニングに使う重さは、自分が目一杯上げられる重さの5割程度。
・回数は30回×2セット
・1セット毎の休憩は1分くらい。

この場合、出来上がる筋肉の質が違うみたいですね。かっこよい体を見せたい場合は、強い筋肉の方。持久力や体力を作る場合は、後者が適しているみたいです。

あと、大切なのは、筋トレの場合、毎日やると逆効果なんです。稽古は毎日やるのが基本ですが、筋トレは週に1~2回が良いそうです。もっと具体的に言えば、一回の筋トレで、翌日(ひどい場合はその日から)筋肉痛になります。これは、筋繊維がトレーニングによって破壊されている為に、痛みを覚えます。それが、今度は、ちぎれないように回復をします。それを、専門的には「超回復」と言うそうです。その時に、筋繊維が太くなっていきます。そうして、定着すれば、持っている筋肉が強く大きく逞しくなるわけです。
ところが、この回復を待たずにトレーニングを行うと、、、回復しようとしている途中で、また筋肉を破壊することになります。当然、回復しきっていませんから、本来持っている力も出せず、トレーニングも中途半端になり、徐々に筋力が衰えていく、という結果になってしまいます。

もう一つ、大切な事があって、それは、トレーニングはギリギリまで行うことです。
「難しそう」
と思っても、最後の最後
「ああ、もう駄目だ。もう無理だ」
と自分で限界を作りがちです。そこを
「なにくそ、あと一回!」
と渾身の力を入れてやることが大切です。
何でもそうですね。最後、あきらめるか、あきらめないか?最後の一歩が、大きな種まきとなるのです。頑張りましょう(^^)v

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大根おろし

焼き魚に大根おろしを添えるのはなぜかご存知ですか?
焼き魚には、必ずといっていいほど大根おろしが添えられていますが、実はこれにはちゃんとした意味があります!
魚の焦げた部分にはベンツピレンという発ガン性物質が含まれています。
一方、大根には硝酸塩という物質が含まれていて、唾液と混ざることで亜硝酸塩に変化します。
この亜硝酸塩には、ベンツピレンを退治し体外へ排出する働きがあり、ちょうどガンから身を守ってくれています。

大根おろしは、かねてより、胃腸に優しい食べ物ということで、ジアスターゼの効能が発見されてからは、一層好んで食べられるようになりました。夏目漱石も胃潰瘍の薬として食べていた事は、有名ですね。

そんな大根おろしを添えて食べるのが一番美味しいもの。それは、寒ブリの刺身です(^^)v
大根おろしに醤油を掛け、寒ブリを浸して大根おろしごと口へ入れます。これは、ブリの一番美味しい食べ方です!超お薦めです!!

富山県は、魚の美味しいご当地ですが、刺身の食べ方は、醤油にわさびを浸して混ぜるのではなく、わさびは刺身に載せて、そのまま刺身を醤油につけて食べます。何とも言えない風味が口の中に漂います。
ですが、寒ブリは、大根おろしが一番ですね。思い出しただけで食べたくなっていました。

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戦場にも似た世を、人は生きている

新聞の整理をしていたときに、ふと目にとまりました。昨年年5月28日付、読売新聞の編集手帳の本文です。

――――――――――
名探偵、明智小五郎の初登場は江戸川乱歩「D坂の殺人事件」で、1925年(大正14年)のことである。古き東京を灰に変えた関東大震災の翌々年にあたる
◆「私立探偵が職業として成立するのは関東大震災後、東京が都市社会化し、隣りに誰が住んでいるか分からないという匿名性が生まれてからだろう…」。評論家の川本三郎さんが「ミステリと東京」(平凡社)に書いている
◆マンションやアパートで隣人の名前さえ知らぬこともままある当節、匿名性は大正期の比ではあるまい。神のごとき名探偵の明察を持ってしても、会釈程度のつきあいしかない隣人に潜む邪悪な心を誰が読み取れよう
◆東京都江東区のマンションで会社員の女性(23)が行方不明になった事件からも、都市のもつ匿名性が浮かび上がる。同じ階で二つ隣に住む男(33)が包丁で刺したことを認め、男の部屋で女性の血痕が確認された
◆日が暮れて、ほんとうならば警戒心や観察眼のスイッチを切ることのできる安らぎの巣にたどり着いてからも、探偵の険しい目を周囲に光らせていなくてはならない。戦場にも似た世を、人は生きている。
――――――――――

今年に入り、秋葉原・土浦の無差別殺人事件、宝くじ殺人等、物騒な事件が相次いで発生しています。

また、上の記事にもあるように、マンションなど、安心できるはずの場所にたどり着いても、二つ隣の部屋に住む人に包丁で刺される事件が起き、不安が残ります。更に、宅配便の格好をした人が突然刺してくるなど、いつ何が起きるかわからない世の中になってきていると思われます。

記事の最後に、「戦場にも似た世を、人は生きている」とありますが、いつ何が起きるかわからない、不安な世の中を生きているのが私たちです。日々報道されるニュースや記事などは、決して人ごとではなく、明日は我が身かも知れません。

だからこそ、一日一日を大切に後悔のないように過ごしていきたいですね。

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命果てるまで

ゆずの「命果てるまで」って曲、ご存じですか?
結構深くて、考えさせられる、そして熱い曲なんですね。

「生きられるのに死んだ人がいる
 死にたくないのに死んだ人がいる

 生きているのに死んでいる 
 死んでいる人がいる

 命果てるまで 灯火が消えるまで
 強く もっと強く 魂を焦がしたい」

     「命果てるまで」(ゆず)
       
生きている実感がないっていう人が増えているとも耳にします。
でも、肉体は生きているのに、心が死んでいるような日々は過ごしたくないですよね。

また、生きられるのに死んだ人(自殺者)の問題も深刻です。

だから
「命果てるまで 灯火が消えるまで
 強く もっと強く 魂を焦がしたい」
っていう、ゆずのメッセージが心をうちます!!

みーんな、本心はそうなりたいと思ってるんじゃないかな?
誰もが、魂焦がす価値のある、
本当に大切なものを見つけ、打ち込めたら、こんな素晴らしいことはないと思います(^-^)/
   

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2009年1月15日 (木)

自分を変える。人間が変わる方法は3つしかない。

このままじゃいけない、
自分を変えなきゃだめだ!
と思ったとき、
まず何から改革しますか?

『時間とムダの科学』(大前研一)という本に、興味深いことが書かれていました。

「人間が変わる方法は3つしかない。

1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目はつきあう人を変える。

この3つの要素でしか人間は変わらない。
最も無意味なのは『決意を新たにする』ことだ」

人間の意志は、想像以上に弱いものです。
意志の力だけで自分を変えようとすると、なかなかうまくいかなかったり、
三日坊主で終わってしまったという経験のある人は、少なくないんじゃないでしょうか。
意志の力に頼るよりも、
時間配分や住む場所、つきあう人といった環境に気を配ることで、
もっと効率よく自分を変えていくことができるんですね。

慣れない環境や習慣の中で、初めのうちはストレスを感じたとしても、
その習慣が、必ず自分のものになる時が来ます。

「新しい習慣は、新しい靴に似ています。
最初の二、三日は、あまり履き心地がよくありません。
でも、三週間くらいたつと慣れてきて、第二の皮膚のようになるでしょう」
(ロビン・シャーマ)

「ロケットが発射直後の二、三分で使う燃料は、その後に飛ぶ五十万マイル以上の距離で消費するより多いのと同じで、
最初の二十一日さえ乗りきれば、新たな習慣を身につけて進むのは、想像していたよりはるかに楽なことに気付くだろう」
とも、ロビン・シャーマは言っています。

毎日何気なくしていることが、少しずつでも、確実に積み重なって
ひいては、その人の性格や人生の質まで決めてしまいます。

良い習慣を身につけて、日々を大切に生きていきたいですね(^_^)b

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福の神はいらんかね?

皆さんは自分にいやな事が次々にやってきたらどうしますか?
久しぶりにイソップ物語からです。
「福の神はいらんかね」

 ある男が、木彫りの神像を作って市場で売っていた。
 見るからにありがたそうな格好だが、さっぱり売れない。なんとか客を集めようとして、大声で叫んだ。
「商売繁盛の、福の神はいらんかね」

 すると、通りかかった男が、冷やかした。
「おい、そんなにありがたいものなら、どうして売るのだ。自分がそのご利益にあずかればよいじゃないか。だいたい、おまえの店は、さっぱり繁盛していないぞ」

 ちょっと考えれば、おかしいと分かるようなことが、世の中に横行している。それは、二千年以上も前のイソップの時代も、現代も変わらないようだ。
 順境の時には冷静に判断できることでも、病気や災難などの不幸が続くと、人間は心が弱くなり、インスタント的「ご利益」を強調するものに迷いがちである。
 逆境の時こそ、落ち着いて物事を判断しなければならない。

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2009年1月14日 (水)

缶コーヒーのなぞ

みなさんは、缶コーヒーは飲みますか?

でも、缶コーヒーって、どうして、190グラムの小さい缶に入っているのが多いか、知っていますか?

初めて190グラムで売った缶コーヒーは、1972年発売のポッカコーヒーだったんです。

当時はコーヒーといえば、喫茶店に行くしかなかったんですね。

そのときの喫茶店のコーヒーの量が120cc、その*1.5倍お得感*を出したサイズ、それが190ccだったのです。

喫茶店のコーヒーが一杯140円の時代に、1本60円でしかも量は1.5倍!これがウケて大ヒット!

その後、各社が相次いで190ccの缶コーヒーを発売!缶コーヒーのスタンダードサイズになったそうですよ♪

案外、今では常識のようになっている常識も、些細なことから決まった事が多いんですよね(・-・)

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氷の上の事故

今日の北陸は、とても良い天気でした。が、とても寒い朝でした(´;ω;`)ウウ・・・

家を出たところの写真です。200901140831000 まぶしい太陽、朝日が強すぎて分かりませんが、手前には昨日の除雪車が除けていった雪のあと、そして、何よりも今朝は、氷がはって凄かったです。

歩道も車道も、昨日の夜の家に少しずつ溶け出した雪(雪が溶けた水)が、今朝はツルンツルンに凍っていました。エライことです。車のドアを開けるのも、凍り付いて、力を入れないと開きません。開いたかと思っても、パワーウィンドが動きません。車の中の温度計は、マイナス1度。いやはや、今朝は本当に冷え込んだ朝でした。

その中、自転車で道路を走っていくロシア人が居たことには、またまた驚きました

アブネ━━Σ(゚д゚;)━━!!

そう思っていたところ、手前から、グシャッという鈍い音が……見ると、交差点で右折待ちの乗用車に、同じ交差点を左折で入ってきた軽四のジープみたいな車が、ぶつかっていました。運転手は、おばさんです。窓を開けながら「済みません」といって、ハザードランプを付けて、早速携帯電話を取り出して、電話を始めました(警察へ電話でしょうか?)

いや、何よりも気の毒なのが、その軽四は殆ど無傷ですが、交差点で待っていた男性の乗っていたセダンは、右前方・運転席側が、広範囲にわたってへこんでいます。これはキツイです。

おばちゃんが左折してくる、その交差点で、自分が右折するタイミングを待っていた。そこへ、ガシャーン。男性の気持ちを考えると、居たたまれないです。

「なぜ????」「えーーーーー!!」

時に、「なぜこんな目に遭わねばならないのだろう?」と思うことがあります。自分に起きた結果には、承伏できない事も多くあります。

仏教ではこれを「愚痴」と言われます。愚痴とは、恨み・ねたみ・そねみ・憎しみの心です。人の不幸を喜び、気に入らない相手はのろい殺す。良い結果が来たときは喜びますが、悪い結果が来たときには、恨み・憎しみの心しか出てこない。

そう言えば、この「愚痴」という字を見ても、愚は「おろか」ですし、痴は「智慧がやまいだれの中に入っています」ので、「おろか」という意味になるでしょう。

身の上に苦しみがやってくると、ついつい、人のせいにしがちです。ですが、人のせいにして、人を恨んだり、悪口を言ったりすると、その時はすっとした気がしても、モヤモヤした思いや、苦々しさが後からこみ上げてきて、一層、自分が辛くなります。

それが「おろか」といわれる所以です。

蒔いた種は必ず自分に返ってきます。自分の種まきを反省して、こんな酷い目に遭うのは自分に非があったからだ、反省しなきゃ、と思いを改めていく事が、幸せへの第一歩となるでしょう。

私もその様に、心がけていきたいと思います(◎´∀`)ノ

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施しは 生きる力の 元と知れ

「施しは 生きる力の 元と知れ」という言葉があります。私の好きな言葉の一つです。どんな事かと言いますと、これは覚え書きですが、こんな話があります。

もの好きな男が、ひとつ地獄を見にゆこうと、ノコノコ出かけた。
たまたま地獄は昼食時で、食卓の両側に亡者共が、ずらりと並んでいる。

地獄のことだから、どうせロクなものを喰べてはいないだろうと、テーブルの上を見ると、 豈図(あにはか)らんや、山海の珍味の山である。にもかかわらず、亡者共は、骨と皮にヤセ衰えている。
「おかしいなぁ」
とよくよく見ると、一様に1メートル以上もある長い箸を持っている。

これでは、いくら美味しい御馳走が目前にあっても、自分の口へは入れられない。

ついで男は、極楽へ行ってみることにした。

丁度、夕食時で、テーブルの両側には、仲良く極楽の往生人達が坐っていた。無論、御馳走は、山海の珍味である。

さすがにみんな、丸々と肥えているなぁと思いながら、ふと箸に目をやると、何とその箸も地獄と同じように、1メートル以上もあるではないか。

一体、地獄と極楽とは、何処が違うのかと、小首をかしげて、食べ始めるところを見ていた。

すると、挟んだ御馳走を自分が食べないで、お互いに向こう側の人に食べさせているではないか。

「成程、極楽へ行っている人の心がけが違うわい」と、横手を打って感心した。

というお話しです。周りの人に対し何か自分にできることはないかを常に考えながら行動していきたいですね☆
その行動は、必ず自分に返ってきます♪

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2009年1月13日 (火)

メメントモリ

先日、新聞の一面で「夕日を織る」というタイトルの特集がありました。

そこに心に残ったフレーズがありましたので、紹介します。

『人は、老いたくない。
戦後、効率優先の社会の中で、
年を取ることはさらに否定的にとらえられるようになった。
だが、だれもが老い、死に近づく。
自然ないのちの在り方を明るく受け入れることが、
どうして難しいのだろう。
すべての「老いの風景」が美しく、
穏やかに織りなされるために、
社会と私たちの心には何が必要なのか。』

老いや死は私達が忌み嫌う未来です。
その中でも死は私達の100パーセント確実な避ける事の出来ない未来です。

どんなに科学技術が発展しても、医学が進歩しても、この厳粛な事実は変わりません。

この「死」に対して、私たちはどれだけの対策をして生きているでしょうか?

「死について考えても暗くなるだけだし、どうしようもないだろう。」と
思う人もあるかもしれません。

しかし、たとえ考えなかったとしても、考えざるを得なくなる時が必ず来ます。

死を凝視することはいたずらに暗く沈む事ではなく、生の瞬間を日輪よりも明るくする第一歩なのです。

Mr.Childrenの歌に
『花-メメントモリ』という歌がありますが、
メメントモリとは「死すべき存在」という意味です。

私達はいつまでも生きていられる訳ではありません。
自分の命には限りがあるのだという自覚を持ち、今日一日を真剣に生きましょう(^-^)v

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2009年1月12日 (月)

ワカメちゃんも考えている?

今日は知的に、勉強会に行ってきました。
テーマは「生きる」

その中でも、少し話題になったのですが、思わず考え込んでしまいました。それは、「サザエさん」の一コマでした。

サザエさんと言えば、知らない人はいない、あの This is Japanese Family!!というアニメですよね。
小さい頃は、カツオとワカメがサザエさんの子供だと思っていたんですが、そうじゃなかったのを知って、ビックリしたのを覚えています。

あれこそ、お茶の間で家族全員で見て、ゆっくりほのぼの、という番組ですよね。子供と一緒に見たくない番組には、絶対にランクインしないと思われる、常道をゆく日本の長寿番組「サザエさん」

その、サザエさんの中で、昨年秋に放映されたタイトルが、「考えるワカメ」だったそうです。これ、私も一度見てみたいと思いました。

どういう内容だったか、、、思い出してみますと

ワカメが、
「人間はなんのために生きているの?」
と、いきなりサザエさんに質問するそうです。

ここからして、いつもの「サザエさん」らしくないのですが、その後の展開が、とても興味深いのです。

「そういう難しい質問は母さん(フネ)に聞いて。今忙しいの」

とワカメを回避。
次に、お母さんのフネに聞くと、

「そういうことはお父さんに聞くといいよ」

とたらい回しに…。

この様子を見ていたカツオは、父・波平に電話。カツオは機転が利くんですよね。
「父親の権威を保つためにも、ワカメが寝てから帰った方がいいよ」
とアドバイスします。

しかし、そのカツオにも、容赦なくワカメの質問が…。
「お兄ちゃんが生きていてよかったと思うのはどんなとき?」

カツオは、
「朝学校に行ったら、先生の都合で午前中が自習になっていたときとか、給食で余った1つのプリンをジャンケンで勝って食べられたときとか…」
ワカメは、あきれて、「お兄ちゃん最低!!」と怒ってしまいます。

サザエさんに「ワカメはどんなお兄ちゃんがいいの?」と尋ねられると、
「人生を語り合えるようなお兄ちゃんがいい!」
と返答。サザエさんとフネは、顔を見合わせます。

一方、波平とマスオは、仕事帰りに本屋でバッタリ。
二人ともカツオからアドバイスを受けて、予習のために本屋に立ち寄ったのでした。人生本を購入し、居酒屋で作戦会議に突入。

ワカメが哲学少女と化したきっかけは、どうもパスカルの『パンセ』という本を読んだかららしい。

「人間は考える葦なんだって」というワカメに、カツオは、

「へ~、この“足”で考えるのか〜」と、さすがカツオ、という返答(笑)

ワカメは、波平とマスオの帰りを待つも、なかなか帰宅せず。
すると、そこへノリスケさんが登場。
ワカメすかさず、「人生について考えたことある?」と質問。
ノリスケは、ワカメの悩みに次のように答えます。
「人生」と書いて、ワカメに見せ、
「この“人”という字を見てごらん。左と右で支えあっているだろう。人生というのは、みんなで支えあって生きるということなんだよ。
この世にいらない人間なんていないってことだね。」

これを聞いてワカメは大喜び!その場にいたサザエさんも感心し、カツオも感激します。

ある休日、哲学書を横に、マスオが一人で人生の意味に悩んでいます。
「人生とは何ぞや。死についてふと考えることがある。そして来世はあるんだろうか…」
しかし、サザエさんの
「今日は酢豚でいい?」
の問いかけに
「晩御飯は酢豚で良いのだろうか?」
と、つい考えてしまい「僕は凡人だぁ」とひっくり返るオチでした。

さてさて、問題は、こんなワカメの問いかけは、普通じゃないのか?という事だと思うんです。
どうでしょうか?
ワカメは特別な存在なのか?そういえば、自分も、子供のころ、そんな質問をしたなぁ、という人もあるでしょう。子供に、ワカメちゃんのような質問を受けた、という人もあるでしょう。
皆さんなら、ワカメちゃんの悩みに、何と答えますか?

「人間は、何のために生きてるの?」

すべての人にとって、これ以上、大切な問題はありません。
いつかは考えなきゃ、と思っている人も、後回しにしていては、忘れてそのまま死んでしまったら、手遅れですよね。

あと、こうやって「なぜ生きるの?」の問いかけをうやむやに流してしまう、そうして答えられない事に、苦笑いしながらも、
「家もそうだなあ」
と眺めてしまう事が、本当にこれでいいんだろうか?と思ってしまいました。

これ以上大切な問題は有りませんが、その問いかけに答えを持ち合わせずに生きている、ということは、
実は大変なことではないだろうか?と思いませんか?

ちょっと久しぶりに長々と書いてしまいました。
また振り返って考えてみたいと思います。

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朝からバイキング

今朝はバイキングのお店に入ってきました(^_^)v

その名も「百味館」名前からも美味しそうじゃないですか!
朝からバイキング?ということなんですが、ヘルシーな体に優しい素材を集めたバイキングで、不思議なことに、そんなに食べていなくてもお腹が一杯になりました。(^◇^;)
庭園もきれいで、歓談しながら、楽しいひとときでした。機会があれば、またご一緒しませんか?

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雪道の心構え、キーワードは3倍。

富山も今朝から大雪snowの装いとなってきました。

今朝は仕事の関係で約束があって向かったのですが、いつもならば15分ほどで着けるところが、20分掛かりました。ところが、昼に掛けて、まだ降り続いた雪のせいで、午後に会いに行く予定だったファミレスまで、15分で着けると思ったら25分掛かってしまいました。

交差点では、ガードレールに突っ込んだ車の運転手と、パトカーが交差点付近を占領して、渋滞が引きおこっていました。見るとフロントがペシャンコでしたwobbly

雪道の運転の心構えとして、よく言われているのは「いつもの3倍の時間を見て、運転しなさい」ということですよね。知っている人も多いと思います。

いつも10分かかるところならば、30分の余裕を見て家を出る。20分かかるならば60分の1時間の余裕を見て、出発する、ということです。もしも途中で、事故を起こした車があったりして通行止めにでもなったら、本当に間に合わなくなってしまいます。

あと、気をつけないと行けないのは、北陸の雪道が初めての人などは、車の雪を下ろす時間を見誤ったりします。私も乗り始めの時はそうでした。すぐに車を出せないんですよね。これにも3~5分掛かります。特に、車の屋根の雪を落としておかないと、ブレーキを掛けたときに、「どどどーーーー」とフロントガラスに落ちてきたりします。視界が妨げられて危険です。しっかり落としておきましょう(^_^)v

3倍の時間を見て出発、雪をしっかり落としておく。無事故無違反で、安全運転に心がけましょう。

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気が付いたらすぐだ。

ついつい、ものごとを後回しに……としがいがちな人はいませんか?
まず、気が付かないのが私の課題ですが(O.O;)(o。o;)
気が付いたらどうしますか???

「気がついたら…」
 気がついたらすぐだ

私の尊敬する先生が教えてくれました。

ちなみに、もう一つあります。

「後回しにするのは、忘れているのと同じだ」

この先生の言葉を聞いて、私は今までの物事への取り組み方は間違っていたと反省させられました。

「後からやろう」「しばらく、そこに置いておいて」「とりあえず、この封筒にしまって」

というのは、全て、言われた事を忘れているのと同じ。こういう感覚でものごとに取り組んでいくと、周りからの反応も必ず変わっていきます。

よく、仕事の遅い人の譬えで「そば屋の出前で、麺がのびてしまった」と言います。せっかく一生懸命運んできたのに、のびてしまったソバは、とても食べられるものではありません。

勿論、仕事は正確さが一番ですが、言われたことを後回しにしてしまうのは、信用を失う事に繋がります。信用を失えば、いくら他の人に出来ない仕事をしたとしても、値が下がってしまうでしょう。残念です。

「気が付いたらすぐ」「後回しは忘れと同じ」この2つの言葉に心がけて、日々、送りたいと思いますup

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備えあれば憂い無し。

イソップ物語、子供向けの話かと思っていたら、実に奥が深いです。

危険は不意にやってくる。普段からの備えが大切、ということを教えてくれる「牙を研ぐイノシシ」のお話です。そのまま引用しますね。

イノシシが、木の側に立って、牙を研いでいた。
キツネが、不審に思って尋ねた。
「猟師もいないし、危険が迫っているわけでもない。なぜ、そんなに一生懸命、牙を研ぐんだい」
イノシシは、あきれた顔で答えた。

「君には、無意味に思えるのかい。危険は不意にやってくる。猟師が現れてから牙を研ぎ始めたのでは、間に合わないじゃないか」

諺にも、「備え有れば患いなし」とあるように、賢明な人ほど、「もしも」という事態を想定し、平生から対策を講じている。
たとえば、家を建てる時には、火災への備えを万全にする。
車を買ったら、事故に備えて、補償額の十分な保険に加入する。
緊急事態が起きてから、あわてても手遅れだからだ。

では、人間にとって、一生涯に遭遇する最大の危険、恐れ、悲しみとはなんだろうか。
それが、「自分の死」であることは、誰も否定できない事実であろう。
火災や交通事故と違って、一〇〇パーセント確実に襲ってくる「死」に対して、どのように精神を安定させるのか。
今一度、考え直してみる必要があろう。

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2009年1月11日 (日)

あなたのゴールは何だろう?

伊藤真の『夢をかなえる勉強法』という本からプロローグの部分を紹介します。

・・・・・・・・・・

ただやみくもに勉強すればいいというものではない。
やはり、そのための方法論「夢をかなえる勉強法」が必要である。
夢をかなえる勉強法でいちばんのポイントとなるのは「ゴールからの発想」だ。

ゴールには目先の「試験に合格する」という小さなゴールもあるし、その延長線上にある「人生の夢をかなえる」という大きなゴールもある。

いずれのゴールにしても、到着点が明確でなければ、どこに向かって走っていけばいいかわからない。

ゴールがはっきりしていないため、とんちんかんな方向に走ってしまい、いつまでも到着できずつぶれてしまう人や、ゴールのすぐ近くまで来ているのに、気づかないで挫折してしまう人もいる。

まずはゴールを定めることだ。

ここで考えてほしい。
あなたのゴールは何だろう?
それは本気で心の底から望んでいることなのか?
何かを捨ててでも、手に入れたいものなのか?
---------------
ゴールを見定めて、苦しいときも乗り越えていきましょう(^_^)v

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2009年1月10日 (土)

ドカ儲けすりゃ、大損する。

世の中、不景気だとか、お金がないという話題ばかりですが、このお金が無い不安というのは、皆さんの中にも実感わいている人があるんじゃないでしょうか……

この間も銭湯で「この間の暴落で1400万円吹っ飛んだよ、あはは」と言っているオジサンがいました
ガァ━━━(|||`Д´)━━━ン!

お金欲しさに株に手を出したばっかりに大損しているみたいですが、そんな勇気も無く手元で持っていた人が、今回も笑いましたね。
あの時買わなければ……と思っても、その時はそう思えないんですから。。。
どか儲けすりゃ大損、っていうのは、この事ですね(´ー`)

いよいよ、定額給付金の話題が終わりを迎えそうですが、

「やる」と言ったと思ったら

「やっぱり、やめておく」

言ったことも実行しない。ああでもない、こうでもない、あれはこういう意味だったんです、言っていることとやっていることが実が無ければ、人の心が離れる一方です。

信用は、まず、言ったことを実行する、約束を守る、という種まきの結果です。言うことばかり言って、やらなければ、また信用を失います。「あいつは口だけだ」となってしまいます。じゃあ、言わずにやってみせて、黙々と、というのが良いのかと言えば、それは奥ゆかしさをみせつつも、別の味方をすれば、卑怯にも取れます。出来なかったら言わずに、出来たときだけ言う。後出しジャンケンに見えなくも有りません。

最も信用を得られる道は

「出来ない約束はしない。した約束は必ず果たす」

と言うことではないでしょうか?

その種まきの結果、やがては

「あの人の言うことならば間違いない」

「あの人に任せておけば安心だ」

という信頼感につながるでしょう。その信頼は、株で儲かったとか損したなんて言う、何千万の財産ぐらいではない、巨万の富に匹敵する、目に見えない財産となるでしょう。そういう信頼の厚い人へ、お金も物も集まるものです。

そういう私も、その様な信頼が得られるように、種まきに徹したいと思います。

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2009年1月 9日 (金)

恥知らずの恥かかず

「恥知らずの 恥かかず」
という言葉を知っていますか?

どんなことが恥ずかしいことなのか分かっていない。
“こういうことはやってはいけない。言ってはいけない。”
と教えていかねばなりません。

恥ずかしいこととわきまえるのは大変なことです。
恥を恥と知るのは簡単なことではありません。

ついつい、恥ずかしいこととも気づかずにやってしまうこと、結構ありますよね。
気をつけるとともに、それを教えてくれる人はありがたいと思えるようになりたいです。

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2009年1月 8日 (木)

未来を予想する最も信頼できる方法

とある新聞に依りますと、今年の景気予測は、

「アメリカ発の100年に一度の大不況は、春先頃を目処に景気は底打ち、秋に向けて好転するだろう」という見込みだそうです。

大体経済エコノミスト達の見解は、大きな相違はないようです。

その人たちの昨年の景気予測は……?

「サブプライムローン問題に端を発した景気低迷も、春先頃目処に景気は底打ち、秋頃には好転するだろう」という見込みだったそうです。

秋頃には好転するどころか、もっと大変な事態に陥ってしまいました。

楽観的な予測、こうなってもらいたい、という希望と、現実とは大きなギャップが有るようです。

アメリカ未来学者、ジョン・ネイスビッツの言葉を紹介します。

「未来を予想する最も信頼できる方法は、現在を理解するようつとめることだ。」

未来学者って何だろう!?って思いましたが、それは置いといて…

明日は今日の延長です。明日の私を築くのは、今日の私です!
蒔いたタネの分しか結果は返ってはきません。
今自分が何をすべきかということをよく考えるのはとても大事ですよね(*^_^*)
そうすることが、自分の未来を予想する、最も信頼できる方法なのです。

そこには、楽観も、こうなってもらいたいの希望もなく、

「未来、こうなるために、今、こうする」

という明確なビジョンが有ります。頑張ってタネを蒔いていきましょう(^_^)v

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2009年1月 7日 (水)

光陰矢のごとし。

毎日、カレンダーの日付を変えて、曜日を変えて、とする度に、
「もう水曜日?」
と思ってしまいます。

「光陰矢の如し軽んずべからず」

まさに春と思っていたらもう冬がきて、少年と思っていたら老人になってしまった、
という風になっていくんだなあ、としみじみ思いました。
時間を大切にしていきたいと思います。

昨年末に冬休みに入った子供達も、もう明日から学校です。

そういえば、「光陰矢のごとし」で、中学校で覚えた漢詩を
思い出しました。

題名:偶成(ぐうせい)
 作者:朱熹(しゅき)(南宋の人・1130~1200)

 少年易老学難成 しょうねんおいやすく がくなりがたし
 一寸光陰不可軽 いっすんのこういん かろんずべからず
 未覚池糖春草夢 いまださめず ちとうしゅんそうのゆめ
 階前梧葉已秋声 かいぜんのごよう すでにしゅうせい

ちょっと知的になった気がします。
もう1月も1週間が終わり。
明けまして……と耳にしていた日が、
何だかずーっと前のような気がしてしまいます。。。

冬休みになったら何をしたかったですか?
まとまった時間が出来る、なんて事は、仕事を始めると無くなってしまいますね。
ですが、まとまった時間が無ければ出来ないことよりも、
毎日、コツコツと積み重ねて出来る事が大事ですね。
その今日の種まきが明日をつくって、明日の種まきが未来の自分を作っていきますから。

では、また(*^_^*)

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2009年1月 6日 (火)

GODIVAのチョコだ!

チョコを頂きました。なんと、GODIVAです。おおおお!嬉しいです!

200901102319000

パッケージも可愛いですが、中に入っているチョコも、パッケージそのままでした。
「1つ試しに食べてみよう」
と思ったのですが、余りのおいしさに1つ、2つ、3つ、、、、気が付いたら殆ど無くなっていました
「なんでこんなに食べるの!」
と言われながらも、止まらないです。
「分かっちゃいるけど、やめられない」

そう言えば、この台詞で有名なのは、「お呼びでない?」で、高度経済成長時代の日本を代表したコメディアン・植木等でした。
もう一昨年になりますか、心不全で、80年の生涯を閉じました。

その植木等が爆発的な人気をうるきっかけとなったのが、有名な「スーダラ節」です。
ところが、「スーダラ節」の楽譜を渡された時、植木は
「この曲を歌うと自分の人生が変わってしまうのでは」
と悩んだそうです。
僧侶であった父親に相談したところ、次のように励まされ、歌うことを決意しました。

『人類が生きているかぎり、このわかっちゃいるけどやめられないという生活はなくならない。これは親鸞聖人の教えに通じている。
そういうものを真理というんだ。上出来だ。がんばってこい。』

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2009年1月 5日 (月)

ものの見方

私たちは、自分に限られた「時間」「体力」「お金」を意識したときに、
「本当にすべき事は何か?」
「悔いのないところへ、時間、体力、お金を使いたい」
と思います。

反対に、
「どれだけでも時間がある」
「体力が衰える事なんて無いよ」
「お金が湯水の様にわいてくる」……そんなことがあるんでしょうか??(^_^;)

と思っている間は、適当な事に時間を費やしたり、「暇をつぶしたり」するわけです。
意識を少し変えてみることで、見えてくるものが違ってくるんですよ!

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2009年1月 2日 (金)

12万5千キロ

愛車のメーターです。
もうすぐ、12万5千キロになります。
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この間、友人の車工場で、タイヤの点検をしてもらいました。
すると、外からは判らないのですが、タイヤの内側にクギが刺さっていました。

また困ったことに、それを扱ったのが、あんまり気の利いた人ではなくて((^_^;)
そのまま抜いてしまったんですよ……。。。。
どこに刺さっていたのかが、判らなくなりました。友人も
「基本中の基本やろう!」
と怒っていました。

そこで、また水を掛けながら、どのあたりか、どのあたりか、とタイヤを回しながら
さがしてみましたが、結局、エア漏れは見つかりませんでした。
幸い、タイヤの厚みよりも、クギが短かったのでしょうか?

オイル交換も無事完了して、このまましばらく乗れそうです。

車の整備でも、修理でも、点検でも、
「基本中の基本やろう」
と言う点があります。

何事も基礎を疎かにすると、どんなにその後の出来が良くても、
後から痛い目に遭うことがあります。

「砂上の楼閣」
という諺があります。
どんなに立派な宮殿・楼閣といえども、立っているところが砂の上では、
やがて傾いて、風にあおられ、倒れてしまうことでしょう。

スポーツ選手も、運動前のウォーミングアップは欠かさないと言います。
当たり前のことなんですが、順調なときには、ついつい疎かにしがちです。
そんな時こそ、足下をみつめて、しっかりと進んでいきたいものです。

人生も然り。
人生の土台、と言われる、自分自身の基礎となる部分を疎かにしていると、
なんだか空っぽの様な、心にぽっかり穴が空いたような人生にならざるを得ません。

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